Last UpDate (2011/6/3)

2011/6「涙は雨に流れて」

2011年6月「涙は雨に流れて」

 

〜 ルミアとマルーの物語 〜

人間になりたい「魔」女の子と人間でも、人間として生きて来られなかった女の子のお話。

4月  5月  6月  7月  8月  9月 10月

 

 

* * *

 

 

昇降口を出ると、そこには水たまりが出来ていた。

屋根の下から見える空には灰色の雲が重くのしかかり、冷たい雨が降っている。

 

「朝は降っていなかったのに……」

 

雨の降りかかるぎりぎりの位置で足を止めたマルーは小さく呟いた。

下校時刻であるため、その横を何人もの生徒が傘を開いては歩きだしていく。

いままでならばそんな中でも、ただそのまま濡れて帰っていた。それはこれからも変わらない。

ただ、いままでなら立ち止まり、思い出すこともなかった。迦具土に入学するまでの、「いままで」なら。

 

マルーは空を見上げると、憂鬱な雲の色を見て小さなため息をついた。

 

マルーこと、マルモア・ヘルディング・フェルゼンは魔術の技にて暗殺を請け負う、殺し屋の家に生まれた。

物心つく頃から、それが善なのか悪なのかを教えられることもなく、その術を学び、育てられてきた。

そして、一族の中でも類い希な才能を持って生まれ、幼い頃からその頭角を現したマルーに、その時が訪れるのは決して遅くはなかった。

 

すなわち、初めての「仕事」。

 

あの日の空も、今日と同じ灰色の雲が広がっていた。

雨が降り、道のわだちに大きな水たまりを作っていた。

初めての殺した標的から注がれた生暖かい鮮血と冷たい雨。

間近で奪った命は力なく倒れ、彼女に重くのしかかってきた。

それでもなお流れ続けた血は水たまりを赤く染め、全身にまとわりついたそれは、触るとぬるりと嫌な感触で、雨で落とそうとしても落ちなかった。

その時は自分の行いが罪であることも知らず、ただ、紅くまとわりついた液体で体が汚れた嫌悪感だけを感じていた。

 

しかし、あの時触り、感じたものは今でも忘れられない。

いや、今だからこそ毎日のように思い出している。雨の日はことさら鮮明に思い出した。

 

迦具土学園で無垢な笑顔を向け続ける、初めて友達と呼べる九水ルミアと過ごす時間は暖かく、何度も彼女の使命を忘れさせた。

その暖かさは、子どもだったあの頃、犯してしまった罪を鮮明にしていく。

 

あの「初めて」がなければ、自分は血塗られた仕事をしなくても良かったのではないか?

そしてこれからも仕事することは無かったのではないか?

 

いままでそんな疑問や罪悪感を抱くことは一度もなかった。

ただ、目をそらし続けていただけかも知れない。

 

それでも、一度心に抱いてしまった罪の意識を消す事は、決して出来るはずもなかった。

感情をコントロールする術は学んでいたが、この「暖かさ」をコントロール術は知らなかった。

 

いつの間にかうつむいた顔を上げ、もう一度空を仰ぐ。

雨は彼女の心を冷やし、あの時の罪を思い出させる。

 

もう、戻れないのだ。と。

 

「やったー! どしゃぶりだー♪」

 

憂鬱な気持ちで雨を見つめる彼女の横を、全く正反対のベクトルのテンションで、少女が、自分の横を走り抜けていった。

雨の中を傘も差さずに飛び跳ねる少女。

長い銀髪、陽気な姿。その見慣れた後ろ姿は、九水ルミアだった。

 

「あっマルー! こっち来なよっ気持ち良いよー!」

 

振り返った彼女は昇降口で佇むマルーに気がつき手を思いっきり振る。

濡れた制服はまとわりついて下の肌が透けてみえていたが、全く気にする様子もない。

あまつさえ、「もっと降れぇーっ」と両手を天に向けて大はしゃぎする始末だ。

 

「私は、ちょっと……」

 

そう言った気分にはなれない。うつむき、目をそらすマルー。

一度認識した罪は簡単には拭えない。それは彼女に重くのしかかっていた。

しかし、

 

「ほら、たのしーから。おいでって!」

 

いつの間に側まできたのか、ルミアの手が、マルーの手首をしっかりと掴み引っ張った。

「ちょっと待っ」声になる前に雨の中に引きずり出される。

回りには多数の生徒がいるが、みんな見て見ないふりだ。

 

最初は振り回されるだけだったが、土砂降りの雨の中、全身いっぱいで無邪気にはしゃぐルミアを見ているうちに、マルーの中のわだかまりがどこかへ行ってしまった。

あまりに奔放に振る舞うルミアの前では、それを気にし続けることがまるで罪であるようなそんな気さえしたのだ。

 

罪が消えたわけではない。

むしろ、ルミアと過ごしていくうちに、それはマルーの中で大きなくさびとなって、苦しめることだろう。

それでも今は感じていたかった。

 

ただ冷たく降り注ぐ雨の中をはしゃぐこの無邪気な暖かさを。

自分の中で芽生え始めた、暖かさを。

 

例えそれをいずれ自分で壊すことになろうとも。

 

マルーの頬を伝う熱は、雨とともに流れ、水たまりの中へと消えた。

必死に作った笑みに、ルミアは満面の笑みで返した。

 

いまだけは、心の中を隠してくれる今だけは、この降りしきる雨を好きになれた気がした。

 

 

勇者屋キャラ辞典:九水ルミアマルモア・ヘルディング・フェルゼン
塗り絵11/5「春の遠足」←back・「涙は雨に流れて」・「バナナスマイル」next→塗り絵2011/07
塗り絵トップへ

 

Copyright(c)2005~2011, オリジナルイラストサイト 「勇者屋本舗」 All rights reserved.

inserted by FC2 system