Last UpDate (2011/5/18)
〜 ルミアとマルーの物語 〜
人間になりたい「魔」女の子と人間でも、人間として生きて来られなかった女の子のお話。
* * *
「先輩……何というか、その……ケモノ臭い……です」
眉を寄せ、洗ったばかりで水気の取れきっていない髪の毛を、タオルで拭きながら歩くルミアの後ろに、少し離れて付くマルー。
ルミアもマルーも人よりかなり髪の毛が長いため、一度濡らすとなかなか渇かすことが出来ない。
ルミアの濡れた髪のとばっちりを受けないように、マルーは少し離れているのだ。
「うー。そんなことを言われてもー」
どうしようもない現在の状況に、困った声を出しながらも先程の体験を思いだし、その顔はにやけていた。
今日は中学生になって、学年が上がって、最初の遠足の日。
迦具土では中等部全体の交流を促すため、全学年混同でグループを作らせ、同じ場所に行く事になっている。
昔からのご近所さん、同じ小学校、入ったばかりの部活の先後輩……など、様々な人間関係が混じることによって大きな人間関係を構築することを期待しているのだ。
七福神巡りや喜多院、蔵造りなど、迦具土学園のある小江戸市には様々な名所があるが、小江戸市近郊から毎年違った場所が選ばれ、学年が上がる事に起こる「飽き」防止にも余念はない。
そして今年選ばれたのは、隣接した市にある動物園だった。
しかし、ルミアがケモノ臭いのは動物園に来たからだけではない。
ましてや動物園に来たからといってケモノの匂いが移り、髪の毛を洗うなど、まず起こりえる事象ではないだろう。
事の発端は30分前ほどに遡る。
2年になり、初めて出来た後輩と2人でグループを作ったルミアは、4月からこの日を待ちわびていた。
他からのお誘いもあったのだが、「オカ研の友達を一緒に」と言うと、なかなかグループを作りたがらないのが実情だ。
彼女自身に問題なくても「オカ研」といえば、それぞれの生徒達独特な世界がある。
クラスの友達としてつきあう上では問題を感じることはないだろうが、遠足という一種のお祭りに好んで他学年の生徒と組みたがる者は少ないだろう。
オカ研の生徒数が少ないわけではないし、嫌われているわけでもない。
むしろ現在人気絶頂アイドル「櫟澤凪」を輩出した部として、注目されているぐらいだ。
しかし、わざわざこの日に彼らの「世界」を受け入れ、お近づきになりたいと思う者はまずいない。
そう思わせるぐらいこの学園の「オカ研」は本格的で、堂に入っている。
マルーの方はと言えば、少々のんびりでマイペースな気性の所為か、クラスにはあまり友達がいない。
暗殺者の家系故に、人の印象に残るような行動を控えているため、というのも大きい。
遠足のグループ決めの話をルミアに振られた時、「マルーはあまりクラスに友達は居ません」と口を滑らせてしまったが為に、ルミアのグループに組み込まれる事になった。
ルミアとしてはマルーがどんな状況であろうとグループに誘うつもりであったが。
グループが2人になったのは、他のオカ研部員達が「櫟澤凪」目当てのクラスメートとすでにグループを組んでいたためだ。
ルミアにとっては初めての、マルーにとっても、依頼以外では初めての動物園。 表面的にも内面的にも喜んでいるのはいつも通りルミアだったが、密やかにマルーも心を踊らせていた。
グループを作ったと言っても、奔放さの抜けないルミアと、あまり積極的に関わらないマルー。
見て回る物に計画など全く無く、現地集合の集会の後、2人はルミアの赴くまま動物たちを見て回る。
南の方の動物のほうに傾向してしまうのは、彼女が北はシベリア海の出身だからだろう。
そんな流れで、彼女がそこにたどり着くまではそう時間はかからなかった。
それぞれの動物を興味津々に見ては「凄いねっ格好いいねっ」とマルーに話しかける。
「人の印象に残らない」為に幼い頃から目立つリアクションを禁じられているマルーは、チラチラと冷めた様子を装いつつも、興味を示していた。
そして、ルミアが最も興味を示したのは、全身灰色の、陸上最大の巨大動物、象。
「凄い、大きい! あっ、リンゴ食べたっ!」
象の檻の前ではしゃいでは少しでも近付こうと檻の鉄棒を掴み、「こっちこっち!」と声を上げるルミア。
その様子を、子どもを見守る親のような目で見ていたマルー。
声に応じるかの様に、象がのしのしと巨体を動かし、ゆっくりと近付いてくる。
ルミアははしゃいでその場でぴょんぴょんと跳ねては興奮をあらわにする。
しかし、やがて見守っていたマルーの表情が引きつっていった。
象がルミアの目の前まで迫り、その長い鼻が檻を超え、ルミアの頭をなでたのである。
リンゴを食べた直後の、口に食べ物を運んだ直後の鼻。 べちょっと音を立てて、ヨダレらしき物がルミアの髪の毛にくっついた。
しかし嫌がるそぶりも見せずに象の鼻と戯れる。思わず後ずさって たじろぐマルー。
鼻+ルミアという構図から視線を檻の中へと移動させると、両前足を持ち上げた半立ち状態の象。
普通は先ず見られる物ではない。
周囲の観客はその曲芸(?)に歓喜していたが、動物園の飼育員が焦った様子で彼女に駆け寄った。
象の行動は動物園にとってはイレギュラーであったものの、ルミア本人が無傷かつ、終始喜んでいたのもあって、大事にはならなかった。
シャワールームを借りられるはずだったが、「時間がもったいないよ!」と、水道で髪の毛をざっと洗って済ませてしまった。 そうして冒頭に戻るわけだが……。
「うー、どうして他の動物は近付いてこないの?」
檻に乗り上げるぐらい近付いても檻の反対端のほうへ逃げる動物たち。
象以来、どの動物を見て回っても一様にルミアを避けていた。
他の獣の匂いが付いたルミアを動物たちが避けていたのだが、大きなショックを受ける。
最初は象とのコミュニケーションで上機嫌だったが、今ではその陽気さを見る影もない。
その様子を見て、心配そうに「たまたまですよ」と何度も声をかけるマルー。
いつの間にかその距離は匂いなど気に止めていないほど近付いていた。
「もう、いいやぁ」
諦めていつもの輝きを失ったルミアをみて、ちくりと、胸の奥に痛みを感じるマルー。
どうにか彼女を励ませないか……いつの間にか、ルミアに対して、心の距離が近付いていることを本人は気がついていない。
きょろきょろと見回した先に、彼女を励ませる看板を見つけた。
「ルミア先輩。あっちに直接動物を抱ける所があるみたいですよ。ダメもとで行ってみましょう!」
人に触れられ、慣れた動物たちなら、匂いなど関係ない。
そう考えたマルーはルミアを誘った。
(この人は、笑顔で居るべき……)
ふっと、意識していない想いが、心の端から少しだけ洩れる。
「うん、わかった。マルーが言うなら!」
その想いを素直な笑顔で返したルミア。マルーも自然と笑顔がこぼれた。
「動物ふれあい広場」と描かれた看板の方へと歩き出す2人。
2人はこの遠足で、体験以上の大切なものを手にすることが出来た。
かけがえのない心と、友達を。
Copyright(c)2005~2011, オリジナルイラストサイト 「勇者屋本舗」 All rights reserved.