Last UpDate (2011/4/29)
〜 ルミアとマルーの物語 〜
人間になりたい「魔」女の子と人間でも、人間として生きて来られなかった女の子のお話。
* * *
陽光が穏やかに照らし、朝夕にはまだ僅かに肌寒さが残る。新しい命が芽吹き、花が咲く季節。
中学校に通い始めて二度目のこの季節を迎えた九水ルミアにとっては、またしても初体験である。
とはいっても、ルミア以外の同級生、皆にとっても今回は同じ事だ。
初めて、「後輩」が出来る。 小学校ではただの年下として接していたが、同じのようで同じではない。
未知でないようで未知の体験というこそばゆい感覚に胸を躍らせながら、始業式後の新入生歓迎会を迎える。
学校長の眠たくなる話、生徒会長による歓迎の祝辞……普通の生徒にとっては、期待するほどのこともなく終わってしまうのが通例だ。
ルミアも多分に洩れず、新入生歓迎会に抱いた期待を見事にくじかれ、ぽかぽか陽気の中行われた授業を眠気と戦いながら過ごし、いつも通りの放課後を迎えた。
中高一貫教育の迦具土学園は、中等部と高等部の部活も一貫しており、数多くの部活が存在する。自分が「魔」であり、またそれに触れる事も多い彼女は、普通の中学校にはまず無い、オカルト研究部に所属していた。
ホームルームも終わり、放課後を告げる鐘とともに教室を出たルミアは、そのままオカルト研究部(以下オカ研)のある部活棟へと向かう。
部活棟は別の建物として建てられた中等部と高等部の間にあり、渡り廊下で繋がっていた。
あくびを噛み殺しながらその渡り廊下を歩くルミアの前を、今にも地に着いてしまいそうなほどの長い髪の毛を二つに分け縛った少女が歩いている。
少女はきょろきょろと左右を見ながらゆっくりと歩を進める。どうやら道に迷った新入生の様だ。
初めて後輩に話しかけるチャンス! そう思って近付き、ルミアが声をかけ様としたその時だった。
ゴトッ
なにやら重くて堅い物が地面に落ちた音。
すぐさま下を見ると、
「鞍……?」
普通の学校生活では先ず見られない、異質な物体がそこに転がっていた。
何故それを馬の背に乗せる「鞍」だとルミアが判別できたのかはさておき、鞍は目の前の後輩が落としたことは間違いない。
「鞍、落としたよ?」
落ちた鞍に気がつかず、歩いていこうとする後輩にルミアは声をかけた。
普通の生徒ならば、落ちた鞍、それに気がつかない女生徒に対して、その異質さに驚くところだが、 「普通」に対して疎く、異常と普通の区別が曖昧なルミアにとって、想定外の異常、異質は「普通」と判断し、普通の対応をとってしまったのだ。
「あ、すみません」
振り返って鞍を拾い、どうやってか髪の毛の束の中に納める。1秒もたたないうちに鞍は影も形も無くなってしまった。
あまりに自然な流れだったため、思わず自然な受け流しで行動してしまった事に、今更気がついたのかピタリと一瞬行動を止める後輩生徒。
彼女もまた、ルミアと同じ様に人に決して明かす事の出来ない秘密をもつ者だったのだ。
気まずく、声をかけきた女生徒をみると、
「すごい! 今の手品!?」
その一連の動作をみたにも関わらず、怪しむどころか目を輝かせ、話しかけてきた。
これは演技か、それとも普通の反応か。
手品と言われれば、手品にも見えなくもない……と一瞬たりとも思ってしまったことが彼女の判断を鈍らせた。
「私は九水ルミア。この先にあるオカ研の部員だよ。あなたは?」
相手はあまりにも自然体。
演技かもしれないが、ここは相手に合わせた方がよさそうだ。
「マルーの名前はマルーです」
名前を聞かれた時の口癖を交えつつ、
「オカルトに興味があって、オカ研を見学に行こうと思っていました」
相手に合わせるように話を運ぶ。
マルーと名乗った女生徒、本名マルモア・ヘルディング・フェルゼンは暗殺者の家系出身の魔術師である。
髪の毛の中に暗器や魔符を忍ばせ、ターゲットへと近づき、「仕事」を行う。
その素性は当然、誰にも決して教えてはいけないし、知られてもいけない。
知られる可能性があるならば、殺さなければいけない……はずなのだが、どうにも目の前の生徒、 ルミアに対して、そうしなければならない、と言う気が起きなかった。
「じゃあ、案内してあげる! 私、先輩だし、なんでも聞いてっ」
瞳を輝かせ、満面の笑顔で人生初の後輩であるマルーに意気揚々と話しかける。
何の躊躇もせず手を取り、オカ研の部室へと歩き出す。
不信がある相手の手をこうも簡単に握る事は普通は有り得ない。 マルーはルミアも対する警戒のレベルを下げた。
「オカ研はねぇ、貴女みたいに手品が出来る人が沢山いるんだよー」
さらりと警戒レベルを引き上げる言葉を口にした。
しかし、繋いだその手はしっかりと握られている。覚悟を決めるしか無い。 ただ、その動揺を出来るだけ感づかれないように勤めるだけだ。
渡り廊下を過ぎ、部活棟の地下に向かうと、「オカルト研究部」の札が下がった扉の前で立ち止まった。
「九水ルミア、入りまーす」 と、ノックをしてから中へと入る。
ルミアに手を引かれながらも、警戒し、ゆっくりと部屋へ入ると、そこには1人、白衣を纏った女性が、ティーポットを片手に立っていた。
彼女は鋭い視線をマルーに向けると、
「ルミア。誰だ、そいつは」
冷たい声で問いかけた。 小刻みに震え、「ふっふっふ」と小さく笑うルミア。
……騙された!? と、身を固くするマルー。
次の瞬間ルミアはマルーに力一杯抱きつき、
「彼女はマルー! 私の後輩だよっ! オカ研に入りたいんだって!」
満面の笑みで紹介する。
マルーはと言えば、自分に睨みを利かせている相手に、こんな風に紹介されて、どう反応すれば良いのか戸惑うばかりだ。
むしろ話を合わせてきただけで、入部しようとしていたわけではない。 しかし、ルミアの言葉を受けて先程の鋭い視線、冷たい声が嘘だったかのように、
「そうか、入部希望者……ね。私は特別顧問、ヘルミール・ヴァルサージュ教授だ。よろしく」
穏やかな笑みで言うと、近くの机の上にあったカップに紅茶を注ぎ、それをマルーへと差し出す白衣の女性。
紅茶を取ることを躊躇うマルーだったが、
「よろしくねっマルー!」
抱きつきながら満面の笑みを浮かべるルミアの期待溢れる眼差しに、
「宜しくお願いします」
抗うことは出来なかった。
この教授は怪しいが、ルミアと共に過ごす学園生活も良いかもしれない。
ふと、そんなことを考えてしまったマルー。
自分の素性が、目的が、無垢な笑顔を向ける少女から懸け離れている物であることを思い、心の奥がちくりと痛む。
口に運んだ紅茶はちょっぴり渋く、しかしほんのりと甘かった。
この出会いが彼女の人生を大きく変えることを、この時は知るよしも無かった。
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